BLUE LEAF Acro yoga

好きなこと「を」仕事にと、好きなこと「が」仕事にの違い

大阪の展望 ヨガ

おはようございます!Takafumiです。このブログを書いている夫婦の旦那の方です。

私の妻はヨガインストラクターです。ヨガに出会ってヨガスタジオに通うようになり、好きが高じてヨガインストラクターになったそうです。

私はIT系の会社で営業職などをしています。妻とは違い、好きではじめた営業職かというとちょっと違います。好きではないけど得意なので続けている仕事という言い方が良いかもしれません。

とはいえ嫌いかというと、それも違います。嫌いだったら続けられないと思います。人前で話すことが苦手だった私が話せるようになったのも、この仕事のおかげです。

8歳年下の妻とコミュニケーションを取ることができて、結婚できたのも、この仕事で話すということを覚えたおかげかもしれませんね(笑)

とはいえ好きなことを仕事にしている人達をいつも羨ましいなと思っていました。バンドマンの友人、役者の友人、お店を経営している友人。

そしてヨガインストラクターの妻、いつも羨ましいな、自分も好きなことを仕事にしたいな~と思っていましたし、心の中に劣等感みたいなものを感じていました。

好きなことを仕事にするためには好きなことを見つけなければいけないと、いつも焦っていました。

プログラミングの勉強やビジネス本を読んで自分が好きで続けられそうば仕事を探していました。しかし、いつもと違うことをしているという感覚はあるが、ワクワクもドキドキもしない。むしろ「やらなくちゃ」という苦痛さえ感じていました。続けるのがしんどい…

誰がかけているわけでもない自分で自分にプレッシャーをかけ潰れてしまいそうになるのです…

そして、自分の人生の未来が見えないと不安にもなることもしばしばありました。

今思うと当たりまえのことなのですが、好きなことを見つけて初めたのではなくて、仕事にするために好きなことをムリヤリ決めようとしていたのです。

池田晶子さんの著書「14歳からの哲学」の中にこんな言葉があります。

生きるためには食べなければならない、食べるためには稼がなければならない、そのためには仕事をしなければならない、この「しなければ」の繰り返しが、大人の言うところの「生活」だ。しなければならなくてする生活、生きなければならなくて生きる人生なんかが、どうして楽しいものであるだろう」 

池田晶子「14歳からの哲学」

私が探していたのは、食べていけそうな仕事の中で好きになれそうな仕事を探していたのです。その探し方では、結局は食べるための仕事を探しているのとやっていることは変わらなかったのです。食べていくことはもちろん大事なことですが、そこに囚われてしまっては楽しいわけがありません。

冒頭にも書いた「好きが高じて」の意味は「好きという気持ちがますます強くなって、ただ好きなだけではなく、その分野ではひとかどの者になる」という表現です。

だから、仕事になるかどうかなんて関係なく、「好きでいた事による結果」が仕事にも繋がった。「好きなことを仕事にする」のではなく「好きなことが仕事」になったという表現があっているのだと思います。

そんな時に、片岡鶴太郎さんの本(50代から本気で遊べば人生は愉しくなる)をを読みました。なぜなら、この人は好きなことをずっと続けている人で何歳になっても楽しいことを見つけて続けられる人で、最近興味を持つことができたヨガもしている人だったからです。

小さい頃からなりたかったお笑い芸人に始まり、プロボクサー、役者、画家、書道家、ヨーギと沢山の好きなことを見つけていて、全て「好きが高じてひとかどの者に」なった人です。

以前のブログ(アクロヨガレッスン2ヶ月目に入りました!)でも少し書きましたが、本の中で片岡鶴太郎さんはこう言っています。

「自分の魂が歓喜するシード(種)は自分の中に必ずあって、自分にしか気がつくことができません。もしも小さなシードの存在に気づいたら、水をやり、声をかけ、慈しんで育ててください。」

50代から本気で遊べば人生は愉しくなる

この言葉を知ってから私は「魂が歓喜するシード(種)」は何かを考えてみました。

魂が歓喜するシード(種)

  • 自然と遊ぶこと(外ヨガ、登山、キャンプ)
  • 旅行にいくこと(南国と温泉が好き)
  • カフェ巡り(美味しいコーヒーとスイーツ)
  • 身体を健康にする。(ヨガ、アクロヨガ、ジョギング、食事)
  • きれいな写真を撮ること
  • 部屋を快適にすること(断捨離、掃除、部屋に植物を置く等)
  • このブログを書くこと

魂が歓喜するシード(種)をリストアップしていて気がついたことがありました。「すべては妻と一緒に楽しむ」ということだったのです。

この記事を書くまではその共通点に気づきませんでした…

「自然と遊ぶこと」も、もともとは私の登山、キャンプ好きに妻が賛同してくれて、キャンプや登山に一緒に行くようになりました。外ヨガは妻と一緒に始めたのがきっかけで今では私がネットでワークショップを見つけて妻と一緒に行ったりするほどです。

「旅行に行くこと」も妻と出かけることが好きで、来月は沖縄旅行だと、先に旅行の予定があるだけで毎日がハッピーな気持ちになります。「きれいな写真撮ること」も、二人で行った場所の写真を綺麗に残したいからはじめたことでした。

「カフェ巡り」も、もともとは妻が好きで、一緒についていってましたが、お酒をやめてから、よりコーヒーが好きになり、あわせて甘い物も好きになり、今では妻が仕事でいないときは、一人でいくことも増えました。カフェのゆったりとした空気感が好きで本を読んだり、このブログを書いたりしています。二人でカフェで一緒にいるけど、別々のことをしながらまったりする時間も好きです。

「身体を健康にする」、ダイエットをしてはリバウンドをしての繰り返し、ジム通い、ボクシングなどなど試しましたが続きません。目的がただ痩せたいというだけだったからだと思います。今は痩せたいと言うよりは「健康な身体で妻と人生を楽しみたい」という気持ちが強いです。「私より先に死なないでね」と妻がよく口にします。女性の平均寿命が長いこの国で、しかも8歳年上の私が後から死ぬには「身体に悪いこと」をしないのは当たりまえ、さらには健康寿命をできるだけ長くするためにお医者様がよく言う「バランスの良い食事」「適度な運動」「ストレスの軽減」が必要です。

そこには「ヨガ」「アクロヨガ」「ジョギング」「食事管理」は必須です。幸い妻がヨガインストラクターで管理栄養士というおかげで、私の身体はどんどん健康体になっています。運動のおかげでストレスもあまり感じなくなってきました。

アクロヨガを頑張れるにも理由があります。ヨガインストラクターの妻とヨガビギナーの私では身体の柔軟性や使い方に大きな差があります。特にベースというポジションは習得に時間がかかるそうです。妻と南国のビーチでアクロヨガの綺麗な写真を取るのが、今の目標なので、それを達成するためには、私のスキルアップが必要不可欠なのです。

その目標があるからか、毎回バキバキの筋肉痛になっても練習したいと思えるから不思議です。アクロヨガから帰ってきてからも筋トレしたりします(笑)
オーバーワークには注意ですね… 

そして次は「部屋を快適にすること」、これは、二人でいる空間を大切にすることというほうがあっているかもしれません。これは妻から学んだことです。

もともとは住めればいいやというくらいの考えだった私と、快適な空間や部屋の空気などを大切にする妻とでギャップがありました。「帰ってくる部屋が汚いのは嫌」とよく言われていました。でも、そのときは「細かいな~、別にいいじゃん」と思っていました。

しかし、妻が出張の時に、今日は一人だしと怠けて部屋が汚いままの状態で仕事にでかけて帰ってきた時に、「心が休まらない」という感じをうけました。「あっ!これが妻が伝えたかったことかと」その時に気が付きました。それからは、部屋を綺麗に保つことの「心の安定」に気づき、気をつけるようになれました。

妻と私では目につくところが違うということにも気づきました。そこで私が気が付きやすい部分は積極的に片付けるようになりました。「靴は玄関に出しっぱなしにしない」「クローゼットの中の服をすぐに把握できるようにする」「床にものを置いたままにしない」など、そうすることで、より快適な空間を二人で作っていけると思っています。お互いの足りない部分を補うこと、夫婦生活でもアクロヨガでも大切なことです。

そして「このブログを書くこと」最初はアクロヨガのことを書くためのブログでしたが、今ではお互いの気付きや楽しみを共有し合う場所になってきていると思います。

私の「魂が歓喜するシード(種)」「妻との時間を楽しむ」ことがベースになっていることにも気づけたように「心の整理」にもなりました。

ヨガの八支則のニヤマの教えにある、サントーシャ(知足)
「今あるものに感謝をすること。」
感謝をすることは、自分自身がより満たされ幸せになる手段という教えなのですが、自分に無いものを追い続けるのではなく、今ある幸せに気づくことの大切さを感じる教えです。(私の解釈ですが)

今回の私の気付き、「妻との時間を楽しむ」はそのサントーシャの教え
「今あるものに感謝をすること。」だったのです。

「好きなことが見つからない」「好きなことを仕事にできたら楽しいだろうな」社会人になってから15年以上、私がいつも悩んでいたことは、今あるもの中に種はあったのです。

ヨガの哲学は素晴らしいものだなと改めて思いました。

「魂が歓喜するシード(種)」に妻と一緒に、水をやり、声をかけ、慈しんで育てていけたら人生を楽しくできるのではないかと思います。

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